明日、躁が来たら

 

 

ネットフリックスに登録されている映像作品を観て、どこかに行った気や何か成し遂げた気になっていたら冬が終わっていた。

 

去年の今頃に就活を始めて、約一年が経った。就職活動は夏の半ばに終わったものの、それを経てからずっと長い鬱に囚われていた。

 

元々自分は幼少期から自閉傾向があり、その後アスペルガーを伴った発達障害と診断されている。現在、そのような病気や障害に対してオープンな世の中になった(または、名が広まりすぎて多数の人が自称するようになった)ものの、就職活動においては表に出せるものではない。そんな自分が向精神薬をドーピングしながら健常者のコスプレをし、なんとか新卒として就職活動を約半年間行った結果、人生において一番身体をおかしくしてしまった。

主な症状としては鬱傾向、過食嘔吐(もしくは拒食)の日々が続き、体重は6キロ落ちた。おっぱいは1カップ落ち、デニムのサイズは2インチも落ちた。映画を観ることも本を読むことも出来なくなってしまい、たまに友達を呼び出しては浴びるように酒を飲む日々が続いた。人生ではじめてタクシーでゲロを吐いたし、血も吐いた。今もたまに辛いことがあると何か吐いてしまうという癖は治らない。

 

夏の初めになんとか内定を得ることは出来た。しかしその後も、運悪く性的暴行に合ってしまうなどアンラッキーなことが続き、鬱から回復することはなかった。就職活動を経て始まった諸症状は治らないままだし、何よりそのような出来事を通して、目に見えて自己肯定が出来なくなってしまっていた。未だあまり出来ずにいる。

 

就職活動において自己肯定が下がってしまう人が一定数いるのは事実である。面接などにおいて人生を洗いざらい、どんな出来事でも構文通りすべて吐き出さされた挙句、一通の不採用通知のメールで切り捨てられてしまう。何が益々のご活躍をお祈りしますだよ、お前のとこで活躍させられない人材だと言ってきているのにな。まるで、約20分間の面接で約20年過ごしてきた人生を否定されたような気分になるのが就職活動だ。少なくとも自分にとってはそうだった。正しいと思って、頑張った気持ちで今までやってきたことを数行の構文に当てはめさせられ、無駄であるかのように無慈悲な結果が届く。それが十何社からも、何ヶ月も通して、ずっと続いていた。

 

そんな就職活動から約一年の今日、2018年3月1日はとても暖かい気候に恵まれ、なんと一年ぶりに躁が来たのだ!この文章もやっと来てくれた躁のおかげで書けている。

しかし、未だに就活で失われた自尊心は戻らない。趣味においてもネットフリックスを適当に漁るくらいしか出来ていない。本を読むペースもなかなか前のようには戻らない。だが少しずつではあるけれど、人といるときはなんとか楽しくいられるようになり、卒業旅行にも行けた。家族と美味しい紅茶を飲むような時間も増えた。少しずつ、自分の心に春が来たのだ。

 

とにかく去年は本当につらい一年だった。就職活動という長い鬱のトンネルを抜けると雪国ではなく、極寒の鬱地獄だった。それから約一年、やっと躁状態という春が来た。桜の花が開く春爛漫の来月には、めでたく自分は社会人となれる。

しかし社会人になることがゴールではなく、これは人生何度目かのスタートラインに立っただけの話だ。またこれからも困難や不運に向き合うことになるであろう。この躁状態がいつまで続くかも分からないし、いつあの長い冬のような鬱が来るかも分からない。だけど季節が巡るように、また春は来る。来ることを知っている。

 
 
とにかく何が言いたいかというと、やっと春と躁が来て嬉しい!春最高!春が来たのでお前に会いたい!